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「ベッドの下のNADA」読書レビュー

 

ベッドの下のNADA

ベッドの下のNADA

 

 郊外の古いビルの最上階に住みながら、その地下で喫茶店NADAを営む夫と妻。

常連客が集う中、睦まじく振る舞う二人だったが、その裏では、夫の背徳が密やかな嘘を呼んでいた―。

夫婦それぞれの心の内を、子供時代の追憶を織り交ぜて描き、

不穏な日常を静かに浮び上らせた、こわいまでに美しい物語。

 

こちらも図書館本。

 

読み終えて、「あぁ、だから『ベッドの下の』NADA、なのか・・・」と

なんとなくわかるようなお話し。

 

物語のベースは、喫茶店を営む夫婦がW不倫をしているけども、

起こっている出来事ははたから見ればドロドロ昼ドラ的になってもいいようなものを、

さらっと日常的に描いている、

そして日々は続いていく、といった終わり方。

 

基本的には短編集のように、語り手が夫婦で交代しながら1冊通して大きな流れとなっています。

 

結婚5年目で、おたがいにもう「愛していない」と自覚し、もう「愛されていない」ことを自覚している。

だからといってそれぞれ、不倫相手のことを深く愛している様子もない。

そして、互いの前に互いの不倫相手の存在を登場させ、関係に気付いていても、

追及するわけでもない。

互いのよそへの恋心や下心を、日常の一部として織り込んでしまっている。

 

日常的なのか非日常的なのか、ありそうなのかなさそうなのか、

どっちつがずの不思議な空気感の中を漂ってしまいます。

 

夫婦それぞれの幼少期の思い出と、現実に起こるできごとをリンクさせながら語られますが、

なんとなく、夫婦それぞれが、幼少期の感覚のまんま大人になって、

茶店経営、それも一緒に旅行にでかけるような常連客グループに支えられた小さな喫茶店を営みながら、いわゆる「一般常識」という世界ではない、「ちょっと変わった人」たちが織りなす日常、という印象を受けました。

 

合う合わないが両極端なお話しかもしれません。

私は嫌いではないですが。

 

しかし、不倫、というものの新しい捉え方なのかもしれないな、と思います。

ドロドロ情熱的に描かれていたり、日常とは違った「逃避行」のように描かれていたりするわけではなく、

この夫婦がもし、籍は入れておらず、同居していただけの「恋人の成れの果て」の状態とらえた場合、そのさみしさを埋める隙間に新しい恋が生まれた、その新しい恋も、特段情熱的ではなく、そのときその場に必要だったぬくもり同士が、身近の半径数メートル範囲の中でくっついたもの、的な。

不倫、がそのスタンスで行われていること自体が空恐ろしい気もしますし、

逆に、「籍を入れる」という行政手続きの拘束力の強さを感じてしまったり。

 

しかし、人間関係の範囲が、狭い。とても狭い。

全ては夫婦の営む喫茶店NADAが起点の人間関係。

 

きっと、この物語はこの先も、この狭い空間の中で緩く漂っていくんだろうな・・・

という、ちょっと息苦しさなんかも感じてしまいました。

 

恋愛関係、とか、家族、って、もっと、情深いものじゃないのかなーなんて個人的には感じてしまいます。

 

とはいえ、表現や描写は、すごく好きな感じで、そこに救われました。

井上荒野さんの作品は、ずばんとハマるときは最高にハマるんだけどな・・・

といった消化不良の一冊でした。

 

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