わがやごと

我が家のこと。日々の事。我が家まるごと。

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あのオレンジの光の先へ

あのオレンジの光の先へ

その先へ行く

きっと二人なら全部うまくいくってさ

 

        オレンジ/クリープハイプ

 

 

 

 

 

松山の海沿いに、梅津寺というところがある。

 

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バブル時代のトレンディドラマの代表格、東京ラブストーリーで、

リカがハンカチに口紅で「サヨナラ」と書いて、ホームの柵にくくりつけた場所。

 

今は梅園公園となっているこの場所には、

当時、梅津寺パークという遊園地があった。

 

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小さいころ、遊園地といえば、この小さな梅津寺パーク

 

学校の遠足や写生大会で、地域の子供会の行事で、

幾度訪れたことだろう。

 

 

 

 

少女の住む町には、私鉄の駅があった。

彼女の通う学校の近くにも駅があり、

それらの駅から電車に乗り、乗り継いで梅津寺へと向かう行程は、

彼女にとっては大冒険だった。

 

 

梅津寺へ着くとすぐ、決まって彼女が目指した場所があった。

 

ジェットコースター乗り場。

 

小さなパーク内をぐるっと囲むようにコースが走っていた。

内陸側の乗り場からコースターに乗り込む。

スタート直後に目の前に現れるのは、大きな昇り坂となったレールだ。

ガタン、ガタンと不吉な高揚感を乗せてコースターは上昇する。

その頂きについたとき、それまで目前を覆っていたレールがなくなり、

一気に視界が広がる。

パークが一望できる、そう思った瞬間に、

重力に身を任せるように、コースターが落下を始める。

その弾みでつけたスピードを保ったまま、コースを一気に駆け抜け、

気づけばあっという間に、目の前に広がるのは、瀬戸内の海だ。

キラキラと光を受けて輝く波間を横目に、

海沿いにある観覧車の前を、再び上昇しながらコースターは進む。

頬を通り過ぎる風は、潮のにおい。

最終コーナーで螺旋を描きながらスピードを落とし、

出発地点の乗り場に到着する。

降り口は、乗った側とは反対側、進行方向向かって右側。

小さなパークを一周、それは一瞬の旅だった。

 

 

降り口から出た少女は、再び乗り口側へと急ぐ。

もう一度乗るためだ。

再び乗り場の列の最後尾につき、

次の旅へと向かう。

 

 

そうやって、少女は何度も何度も、ジェットコースターに乗り続ける。

小さなパークとはいえ、パーク内には他のアトラクションもあった。

しかし彼女はそんなことはお構いなしに、

何度も何度もジェットコースターに乗り続ける。

 

お昼ごはんをみんなでシートを並べて食べる。

食べ終わったやいなや、再び向かうのは、またジェットコースターだ。

 

 

あっという間に一日が終わろうとしていた。

帰りはパークを出た駅前に集合することになっている。

集合時間は、16:30。

 

集合時間の30分前、16:00。

それまで一日ジェットコースターに乗り続けた少女だったが、

突然、ジェットコースター乗り場に背を向け、

海側に向かって走り出す。

 

彼女が向かったのは、海沿いに設置されている、観覧車。

 

息もつかないうちに、観覧車に乗り込む。

ゴンドラは、先ほどまでのスピードの世界がうそのようにゆっくりと上昇する。

全面を守られた安全なその居場所では、潮風も喧噪も、外のものだ。

ゆっくり、ゆっくりと昇り続けたゴンドラは、

ついに頂点へと着く。

16:10頃、瀬戸内の海は、オレンジに染まっている。

海面が穏やかにうねるたびに、オレンジの光の粒が揺れる。

 

これを観にここまでやってきた。

少女は、これを観るためだけに、観覧車に乗ったのだ。

 

ゴンドラがゆっくりと下降を続ける間にも、

島々が海面に落とす黒は、ゆるりと伸び続ける。

やがてすべての黒が海面を覆い尽くしたとき、夜がやってくるのだ。

 

 

16:20。

ゴンドラを降りた少女は、パークの門に向かって走る。

パークの駅前口には、回転式の門扉が設置してある。

交互にバーが突き出てていて、1方向に向いてしか回転しない門が2つ。

片方はパークの外から中へ、

もう片方は中から外へ向かって。

この門をくぐってしまえば、二度と後戻りはできないのだ。

 

少女は、後戻りできないことがわかっていながら、

振り返りもせずに中から外へと、回転門を駆け抜ける。

すべての思い出を、持って帰るために。

彼女は、少しでも振り返ってしまうと、

思い出がぽろっとこぼれてしまうのだと、信じていた。

 

 

電車を乗り継ぎ、皆で家路につく。

解散して、それぞれの家庭に戻り、

今日一日の思い出話をおかずに

にぎやかな夕飯の時間が繰り広げられる。

そして、家族順番に入浴し、眠りに着くのだ。

 

 

すっかり寝支度を整え、少女は二段ベッドの下段へと滑り込む。

上段に昇っていく2歳下の弟の足を見ながら。

 

 

この時のために。

 

少女はそう思う。

 

おやすみと姿が見えない上下であいさつを交わし、

少女は布団に潜り込む。

 

そのときだった。

 

ふわり、と身体が浮かぶ。

目を閉じると、身体がふわりと浮き上がり、

日中と同じような感覚に陥る。

 

このためだった。

この感覚を味わうためだけに、

少女はジェットコースターに乗り続けたのだ。

 

たったこれだけのために、と思う人もいるだろう。

たったこれだけのために、少女は丸一日をかけて、

ジェットコースターに乗り続けた。

 

意味なんてない。

ただ、そうしたかっただけだ。

 

 

 

 

小さなころから、ある程度大きくなっても、

彼女はこのような楽しみ方を続けた。

 

彼女が最後に梅津寺パークに行ったのはいつだっただろう。

永遠にあると思っていたのだ。

永遠にあると思っていたその場所がなるなるなんて思わないまま

最後を迎え、

やがて彼女が成長し、県外に進学している間に、閉園してしまった。

 

きっと、少女は最後にあの回転門を通ったときも、

駆け抜けたのだ。振り向きもせず。

すべての思い出を連れ去ったまま。

 

 

観覧車から観たオレンジ、その先へ、

少女はたどり着いたのだろうか。

その先で待っていた世界へ。

 

 

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